朝鮮族の国際ネットワーク構築を目指して – 李鋼哲

李鋼哲 ・ 一 般 社 団 法 人 東北亜 未 来 構 想 研 究 所 所 長


 2020 年 11 月 1 日 、新 潟 県 妙 高 市 の ロ ッ テ・リ ゾ ー ト・ホ テ ル 会議室 にて、「 日 本 に お け る 中 国 朝 鮮 族 の 移 住 と 定 着 」 と い う テ ー マ の 研 究 会 が 開 催 さ れた 。 主催団体 お よ び 共 催 団 体 は 早 稲 田 大 学 地 域 ・ 地 域 間 研 究 機 構 日 米 研 究 所と 全 日 本 中 国 朝 鮮 族 連 合 会・教 育 学 術 委 員 会 お よ び 韓 国 在 外 韓 人 学 会 であり、オンライン( zoom)とオフライン( 対 面 )形 式 が 並 行 されて 日中韓米 4 カ 国約 80 名 が 参 加 し た 。
 こ の 研 究 会 で は 、3 名 の 報 告 者 が そ れ ぞ れ 、「 日 本 に お け る 朝 鮮 族 の 初 期 移住 」( 李 龍 植・株 式 会 社 ア ジ ア ン・エ ク ス プ レ ス 代 表 )、「 日 本 に お け る 朝 鮮 族研 究 ―回 顧 と 展 望 」( 筆 者 )、「 日 本 に お け る 朝 鮮 族 団 体 活 動 」( 金 光 林 ・ 新 潟産業大学教授)を テ ー マ に 報 告 し 、コ メ ン ト と デ ィ ス カ ッ シ ョ ン が 行 わ れ た 。
 筆 者 は こ の テ ー マ で 報 告 を 依 頼 さ れ る こ と を き っ か け に 、 日 本 で の 朝 鮮 族研 究 を 総 括 す る 貴 重 な 機 会 を 得 る こ と に な った。 そ こ で 報 告 内 容 を も と に 、本学会編集 委 員 会 の 依 頼 を 受 け て 本 稿 を 執 筆 す る 。
 以下では、 日 本 に お け る 朝 鮮 族 研 究 活 動 を 簡略して 紹 介 す る 。


1 . 初 期 の 朝 鮮 族 研 究 活 動 -模 索 期

 筆 者 自 身 は 延 辺 の 田 舎 出 身 の 朝 鮮 族 で は る が 、 朝 鮮 族 と は 何 か に つ い て は全 く 知 ら な い ま ま 、 地元の 高 校 を 出 た 後 は 田 舎 農 村 ( 生 産 隊 ) で 4 年 間 農 業労 働 を し な が ら 、人 生 を 変 え よ う と 決 意 し 、大学受験に 4 度 チ ャ レ ン ジ し て 、1981 年 9 月 に 首 都 北 京 の 中 央 民 族 学 院 政 治 学 部 哲 学 科 に 入 学 し た 。朝 鮮 族 社会 を離れ 中 国 人 の 社 会 に 入 り 、 10 年 間 北 京 で 勉 強 と 生 活 を し て き た 。
大 学 2 年 生 の 時 に 第 1 号 で 共 産 党 に 入 党 し 、 学 生 の リ ー ダ ー を し て い た ので 、 政 治 家 を 目 指 し て 中 共 北京市 委 共 産 党 党 校 研究生 部 ( 大 学 院 相当) に 入学し、 共 産 党 研 究 を 専 門 と し た が 、 卒 業 間 際 に 胡 耀 邦 共 産 党 総 書 記 が 失 脚 する の を 目 の 当 た り し 、 政 治 家 は リ ス ク が 高 い こ と を 察 知 し 、 急 遽 方 向 転 換 して 、 全 国 総 工 会 傘 下 の 中 国 工 人 運 動 学 院 ( 現 在 は 「 中 国 労 働 関 係 学 院 」 に 就職 し で 大 学 教 員 に な っ た 。 北京で も 友 人 の 中 に は 朝 鮮 族 が 多 く 、 民 族 自 負 感は も 持 っ て い た が 、 朝 鮮 族 に 関 す る 一 般 知 識 や 歴 史 な ど 知 識 は 皆 無 だ っ た ので 、 や は り 中 国 人 と し て 生 き て き た 。
 91 年 5 月 、北 京 で の 大 学 専 任 講 師 を 辞 め 日 本 留 学 の 道 を 選 択 し 、日 本 東 京で 日 本 語 学 校 の 留 学 生 に な り 、 そ の 後 は 立 教 大 学 大 学 院 で 経 済 学 と 経 営 学 を専 攻 す る 院 生 に な っ た 。 大 学 院 に は 中 国 人 留 学 生 が 多 く 、 留 学 生 会 長 を 務 めるなど 、 朝 鮮 族 と の 付 き 合 い は 兄 の 家 族 程 度 だ っ た 。 た ま た ま 兄 が 延 辺 大 学教 員 出 身 で 、 延 辺 大 学 か ら き た 留 学 生 た ち が 組 織 し た 「 東 方 学 友 会 」 の 遊 園会 が 新宿御苑 で 行 わ れ る とそれに 誘 わ れ て 参 加 す る 程 度 だ っ た 。

 その後、1997 年 頃 あ る 朝鮮族 後 輩 の 誘 い で 、天 地 倶 楽 部 と い う 朝鮮族 留 学生たち が 1995 年 に 設 立 さ れ た 団 体 の 会 合 に 出 る 機 会 が あ り 、 そ こ で 私 の 研究 テ ー マ で あ っ た 「 図 們 豆 満 江 地 域 開 発 」 に つ い て の 報 告 を 頼まれたので 、そ こ の 参 加 者 た ち と 交 流 す る 機 会 を 得 た 。
 1999 年 1 月 に 、延 辺 大 学 教 員 出身の留学生 数名が「 中 国 朝 鮮 族 研究 会 」 を 設 立 す る の で と い 筆 者 に も 参 加 し て ほ し い と の 誘 い を受け て 参 加 したが、 筆 者 以 外 の 方 は 全 員 延 辺 大 学 教 員 出 身 で あ っ た 。 こ の 研 究 会 へ の 参 加を 通 じ て 朝 鮮 族 に 関 す る 関心が 徐 々 に 高 ま り 、 そ の 歴 史 や 文 化 な ど に 関 す る知識が少し ず つ 増 え て い た 。 こ の 時 期 の 活 動 は 、 朝 鮮 族 に 関 す る 研 究 と い う次 元 に は 至 っ て お ら ず 、 研 究 会 6 人 メ ン バ ー に よ る 各 自 の 研 究 分 野 に 関 す る発 表 と 討 論 、 そ し て 懇 親 会 交 流 程 度 で あ っ た 。
 朝 鮮 族 活 動 の 中 で 筆 者 は 天 池 倶 楽 部 の 理 事 に 選 ば れ 、 毎 年 開 催 さ れ る 忘 年会 が 2000 年 12 月 23 日 に目白大学 の 施 設 を 借 り て 開 催 さ れ る こ と に な っ たが 、 理 事 会 で は 研 究 会 を 開 催 し よ う と す る 提 案 が あ っ た 。 そ こ で 筆 者 が 企 画と司会を担当 す る こ と に な り 、テ ー マ を 準 備 し た が 、い ろ い ろ 考 え た 末 、「 朝鮮 半 島 の 統 一 問 題 と 中 国 朝 鮮 族 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ 」 と 設 定 し た 。 と い う のは 、 その年 6 月 15 日 に 南 北 首 脳 会 談 が 平壌で 成 功 裏 に 開 催 さ れ た こ と で 半島統一に 対 し て は 朝 鮮 族 と し て の 関 心 が 高 か っ た か ら で あ っ た 。
 しかし、 そ の 当 時 に 天 地 倶 楽 部 に も 中 国 朝 鮮 族 研 究 会 の 中 に も 朝鮮半島問題 や 朝 鮮 族 を 研 究 す る 専 門 家 は 一 人 も い な か っ た 。 筆 者 は 「 図們江デルタ 地域 開発」が 修 士 論 文 テ ー マ で 、 図 們 江 デ ル タ の 一 角 の 羅 津 ・ 先 鋒 で 調 査 研 究し 、同時に 北 朝 鮮 経 済 の 改 革 開 放 の 可 能 性 に つ い て 研 究 し て い た 。97 年 に は単独で 中 国 琿 春 市 経 由 で 「 羅 津 ・ 先 鋒 自 由 経 済 貿 易 地 帯 」 を 考 察 する機会 が
あり、 朝 鮮 半 島 の 統 一 に 関 す る 関 心 も 高 か っ た 。この研究会の 司会者 としては 問 題 提 起 し 、 自 由 討 論 形 式 で あ っ た が 討 論 は盛 り 上 が っ て い た 。そこで 、「 朝鮮族 と は 何 で あ り 、朝鮮族 は ど う 生 き る べ きか ? 」 に つ い て の 問 題 提 起 も あ っ た 。 し か し 、 そ の よ う な 問 題 意 識 は ま だ 萌芽状態 に あ る に 過 ぎ な か っ た 。


2 . 朝 鮮 族 研 究 の 活 性 化 段 階

 2001 年 4 月 、筆 者 は 東 京 財 団 で「 北 東 ア ジ ア 開 発 銀 行( NEADB)設 立 」に関する 政 策 研 究 プ ロ ジ ェ ク ト 担 当 の 研 究 員 兼 事 務 局 長 に な っ た の で 研 究 活 動の 基 盤 が 確 立 で き た 。 それまでに も 国 内 外 の 北 東 ア ジ ア 経 済 協 力 に 関 す る 国際 会 議 に 何 度 も 参 加 す る 機 会 が あ り 、2000 年 に は 東 ア ジ ア 総 合 研 究 所(東京)の仕事を 手 伝 う 機 会 が あ り 事務局 長 と し て 、 8 月 に 台 北 で 開 催 さ れ る 同 研 究
所 の 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム 企 画 を 担 当 し て い た 。こ の よ う な 経 験 か ら 、 筆 者 の 頭 に は シ ン ポ ジ ウ ム を 開 催 す る こ と を 通じて日 本 で の 朝 鮮 族 の 統 合 と ネ ッ ト ワ ー ク 化 を し た ら ど う か 、 と い う 素 朴 な ア イティア が 生 ま れ 、 そ の 方 法 論 と し て 「 朝 鮮 族 の 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム 」 を 考 案 ・企 画 す る よ う に な っ た 。 こ の ア イ デ ィ ア を も っ て 企 画 案 を 作 成 し 、 中 国 朝 鮮族研究会 の 代 表 と 天 池 倶 楽 部 の 理 事 た ち 数 名 に 呼 び か け て 都 内 で 会 合 を 持 ち 、皆さんの 協 力 を 求 め た 。 そして 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム 組 織 委 員 会 を 組 成 し 、 半 年間準備を 経 て 、2001 年 12 月 15 日 に「 第 1 回 在 日 本 中 国 朝 鮮 族 国 際 シ ン ポ ジウ ム 」を 目白大学 講 堂 で 開 催 し た 。テ ー マ は「 21 世 紀 の 朝 鮮 族 の 発 展 、お よび 北 東 ア ジ ア 平 和 ・ 発 展 に お け る 役 割 ―在 日 本 中 国 朝 鮮 族 を 中 心 に ―」 と した 。 自分の 研 究 分 野 が 北 東 ア ジ ア 経 済 協 力 ということ も あ っ て で 、「 朝鮮族 」と 「 北 東 ア ジ ア 」 二 つ の キ ー ワ ー ド を も と に 考 案 し さ れ た の で あ る 。
 準 備 に 当 た り 、 東 京 国 際 交 流 財 団 に 助 成 金 申請し 開 催 経 費 を 賄 い 、 目白大学 学生課長の 鈴 木 匠 先 生 が 会 場 を 無 料 で 提 供 し 、 懇 親 会 の 準 備 も 協 力 し て くれ た 。 参 加 者 は 約 160 名 で あ り 、 日 本 で の 初 め て の 大 規 模 な 朝 鮮 族 学術イベン ト ( 朝 鮮 族 運 動 会 は 何 度 も あ っ た が ) であった 。基調講演 に は 、和 田 春 樹・東 京 大 学 教 授 に 依 頼 し 来 て い た だ き 、「東北アジア 共 同 の 家 と 朝 鮮 族 ネ ッ ト ワ ー ク 」 を テ ー マ に 報 告 し て い た だ い た 。 そ し て第 1 セ ッ シ ョ ン は「 中 国 朝 鮮 族 の 歴 史 、現 状 と 国 際 的 な ネ ッ ト ワ ー ク の 形 成 」を テ ー マ に 、 朝 鮮 族 研 究 が 専 門 の 在 日 朝 鮮 ・ 韓 国 人 や 日 本 人 の 研 究 者 た ち が発 表 と 討 論 。 第 2 セ ッ シ ョ ン は 「 日 本 社 会 の 変 容 と マ イ ノ リ テ ィ 発 展 ・ 成 功
の道」を テ ー マ で 、朝 鮮 族 企 業 の 生 成 と 発 展 の 可 能 性 に つ い て 発 表 と 討 論 し 、実 は ビ ジ ネ ス ・ フ ォ ー ラ ム 的 な 性 格 で あ っ た 。 野 口 祐 ・ 創 価 大 学 教 授 ・ 日 本経 営 学 会 会 長 に 討 論 者 と し て 参 加 し て 頂 き 、 朝 鮮 族 起 業 家 数 名 が パ ネ ル と なっ た 。 そ の 時 期 に は 朝 鮮 族 創 業 者 が 出 始 め る 段階であ り 、 産 学 協 同 の シ ン ポジウムで も あ っ た 。


3 . 朝 鮮 族 研 究 の 国 際 化 段 階

その後、 筆 者 の 東 京 財 団 で の 任 期 が 終 わ り 、 名 古 屋 大 学 に 研 究 員 と し て 招聘 さ れ る こ と で 、 東 京 で の 朝 鮮 族 活 動 に 参 加 す る 余 裕 が な か っ た 。 と こ ろ が2004 年末、中 国 朝 鮮 族 研 究 会 李 東 哲 会 長 と 事 務 局 長 の 辞 任 に 伴 い 、跡 継 ぎ がいない状況 だ っ た の で 、 谷 川 裕 一 郎 氏 が 筆者の と こ ろ に 訪 ね て き て 、 こ の 組織 を 引 き 継 い で ほ し い と 要 望 し て き た 。当 時 筆 者 は 総 合 研 究 開 発 機 構( NIRA、内 閣 府 傘 下 の 政 策 シ ン ク タ ン ク 、 2003~06 年 ) 主任研究員 で 仕 事 が 多 忙 だ った た め に 躊 躇 っ て い た が 、 せ っ か く 立 ち 上 げ た 研 究 会 が 瓦 解 し て は い け な いと 思 っ て 、 会 長 職 を 引 き 継 ぐこと を 決 意 に し た 。
 そ の 間 、 日 本 で は 朝 鮮 族 留 学 生 や IT 企 業 技 術 者 な ど が 急 速 に 増 加 し て いた 。 上 記 の 三 つ の 団 体 以 外 に も 新 し い 団 体 が 増 え て き て 、 朝 鮮 族 ネ ッ ト ワ ーク も 拡 大 し 、 起業家 も 徐々に 増 え 、 成 功 し た 企 業 も 出 現 し た 。 朝 鮮 族 と 日 本社会の連帯 も 強 化 さ れ 、さ ら に 中 国 や 韓 国 な ど 国 際 社 会 と の 連 帯 も 拡大した 。そ こ で 、 中 国 朝 鮮 族 研 究 会 を 中 心 に そ の 他 団 体 と と も に 、 第 2 回国際シン
ポジウム を 企 画 し 準 備 委 員 会 を 発 足 し た 。 研 究 会 5 名 会 員 に よ る 「在日 朝 鮮族 起 業 家 調 査 プ ロ ジ ェ ク ト 」を 立 ち 上 げ 、数ヶ月 の 時 間 を か け て で 44 社 企 業( レ ス ト ラ ン を 含 む )に対する ア ン ケ ー ト 調 査 と 訪 問 ヒ ヤ リ ン グ 調査を行い、その結果を ま と め シ ン ポ ジ ウ ム で 発 表 す る 計 画 も 立 て て 実 行 し た 。
 2005 年 11 月 13 日 、 目 白 大 学 佐 藤 重 遠 記 念 講 堂 に て 、「 第 2 回 在 日 中 国 朝鮮 族 国 際 交 流 シ ン ポ ジ ウ ム 2005」 を 開 催 、「 北 東 ア ジ ア 地 域 統 合 に 向 け て の市 民 交 流 ネ ッ ト ワ ー ク 形 成 ―日 本 に い る 中 国 朝 鮮 族 を 中 心 に 」 を 統 一 テ ー マと し 、 在 日 コ リ ア ン 、 在 日 中 国 人 の 研 究 者 ・ 留 学 生 、 そ し て 韓 国 ・ 中 国 の 市民 ネ ッ ト ワ ー ク 研 究 者 な ど を 招 い て 、 北 東 ア ジ ア 共 同 体 形 成 に 向 け た 人 的 ネッ ト ワ ー ク を 形 成 す る た め の 多 国 間 ・ 多 文 化 間 の 交 流 を 意 識 し た も の で あ った 。こ の シ ン ポ ジ ウ ム の 目 的 は:① 日 本 に お け る 朝 鮮 族 の 現 状 と 実 態 を 把 握・認 識 し 、 朝 鮮 族 研 究 レ ベ ル の 向 上 を 図 る こ と 、 ② 日 本 に お け る 朝 鮮 族 相 互 間の 交 流 と 発 展 の 条 件 を 探 求 し 、 そ の ネ ッ ト ワ ー ク 構 築 を 図 る こ と 、 ③ 日 本 社会 と の 協 調 ・ 共 生 の 道 を 探 る こ と 、 ④ 北 東 ア ジ ア ( と り わ け 、 中 国 、 日 本 、朝 鮮 半 島 ) の 交 流 ・ 発 展 に お け る 朝 鮮 族 の 役 割 を 検 討 す る こ と 、 と した。
さらに 、 今 度 は 本 格 的 な 専 門 性 を も っ た 国 際 会 議 を 目 指 し 、 中国や韓国から一流 の 朝 鮮 族 研 究 専門家 数 名 を 招 聘 し た 。 基 調 講 演 に は 、 日 本 で も 一 流 の知識人である 船 橋 洋 一 ・ 朝 日 新 聞 編 集 委 員 と ( テ ー マ は 「 東 北 ア ジ ア 協 力 にお け る 信 頼 醸 成 と エ ス ニ ッ ク の 役 割 」)と 、姜 尚 中・東 京 大 学 大 学 院 情 報 学 環教 授( テ ー マ は「 コ リ ア ン・ネ ッ ト ワ ー ク の 構 築 と 東 北 ア ジ ア 共 同 の 家 」)を
招待した 。 和 田 春 樹 ・ 東 京 大 学 名 誉 教 授 も 参 加 ・ 指 導 し 、 こ の 会 議 は 朝 鮮 族の 日 本 社 会 で の 存 在 感 を ア ピ ー ル す る 重 要 な 機 会 と な っ た 。
 準備に当たり 日 本 国 際 交 流 基 金 の 助 成 金 、 ア ジ ア 経 済 文 化 研 究 所 の 劉 京 宰所 長 に よ る 助 成 金 、 そ し て 朝 鮮 族 企 業 家 の 賛助金 や 有 志 達 の 個 人 賛 助 金 を 頂い た 。後 援 団 体 と し て 朝日新聞社 AAN, 中国延 辺 テ レ ビ 局 、中 国 黒 龍 江 新 聞社 、 東 北 亜 青 年 連 誼 会 、 SHIMTO な ど が 協 力 し た 。 約 300 名 が 参 加 す る 国 際会議であ り 、 後ほど 日 本 の 主 流 メ デ ィ ア と 在 日 中 国 系 メ デ ィ ア 、 そ し て 中 国朝 鮮 族 メ デ ィ ア で そ れ ぞ れ シ ン ポ ジ ウ ム に つ い て 報 道 し た 。
 2 回 の 大 型 シ ン ポ ジ ウ ム の 成 果 を ま と め 、 2006 年 7 月 に は 中 国 朝鮮族研究叢 書 と し て 『 朝 鮮 族 の グ ロ ー バ ル な 移 動 と 国 際 ネ ッ ト ワ ー ク ―「 ア ジ ア 人 」と し て の ア イ デ ン テ ィ テ ィ を 求 め て ―』 を 出 版 し た 。 編 集 出 版 に 際 し て 、 日本 、中 国 、韓 国 、米 国 、ロ シ ア 、在 日 朝 鮮・韓 国 人 の 学 者 ・ 研 究 者 による 27本 の 論 文 を 収 録 し た が 、 各 国 に お け る 朝 鮮 族 の 現状と 歴 史 、 文 化 、 教 育 、企業 、 な ど 多 方 面 に わ た っ た 。 ま た 在 日 コ リ ア ン 社 会 や 日 系 ブ ラ ジ ル 人 社 会 の研 究 論 文 、 も 入 っ て い る 。 ま た ロ シ ア の 沿 海 州 、 米 国 の ニ ュ ー ヨ ー ク の 朝 鮮族実態報告書 の 論 文 も 収 録 さ れ 、 今 ま で の 朝 鮮 族 研 究 の 集 大 成 であり、 世 界で も 初 め て の 全 世 界 朝 鮮 族 に 関 す る 論 文 を集約した も の で あ っ た 。 筆 者 の 論文 テーマ は「 グ ロ ー バ ル 時 代 の 朝 鮮 族 社 会 構 図 ―重層的 ア プ ロ ー チ ―」( 第 1章 ) で あ っ た 。

4 . 朝 鮮 族 の 国 際 ネ ッ ト ワ ー ク 構 築 活 動

 第 2 回 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム 開 催 後 、 研 究 会 の 今 後 の あ り 方 を 検 討 し 、 約2年間 の 準 備 を 経 て 、2007 年 12 月 に「 中 国 朝 鮮 族 研 究 会 」か ら 、「 朝 鮮 族 研 究 学会 」( 朝 鮮 族 = 中 国 朝 鮮 族 と い う 認 識 で「 中 国 」を 省 い た )に 改 組・発 展 さ せ 、京都龍谷大学 の施設 で設立総会 を 行 っ た 。 そ れ ま で の 任 意 団 体 組 織 と し て の研究会から、 組 織 体 制 が 整 備 さ れ た 、 日 本 国 内 で の 学 会 と し て の 市 民 権 を 持つ 組 織 に す る の が そ の 目 的 で あ っ た 。 し た が っ て 、 ① 理 事 会 の 選 出 、 ② 学 会誌 お よ び ニ ュ ー ス レ タ ー の 編 集 ・ 発 行 、 ③ 関 西 部 会 の 設 立 、 ④ 日 本 の 学 術 会議への登録 、 ⑤ 学 会 の 国 際 化 ( 中 国 北 京 ・ 延 辺 、 韓 国 の 関 係 学 者 や 専 門 家 も学 会 理 事 に 選 出 ) を 図 り 、 正 真 正 銘 の 国 際 学 会 と し て 再出発 し た 。その後は、 筆 者 は 明 確 な 目 的 意 識 を 持 っ て 朝 鮮 族 研 究 学 会 を 母 体 に 国内外
ネ ッ ト ワ ー ク 構 築 活 動 に 主 力 を 入 れ し た 。 日 本 国 内 に お け る 朝 鮮 族 ネ ッ ト ワー ク として、研 究 者 、企 業 家 、留 学 生 、サ ラ リ ー マ ン 、女 性 会 な ど 団 体 が 続 々と 結 束 さ れ て い た 。 また、 日中韓 3 カ 国 を 中 心 に 、 朝 鮮 族 研 究 領 域 を 超 え た朝 鮮 族 ネ ッ ト ワ ー ク 、 コ リ ア ン ・ ネ ッ ト ワ ー ク が 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム や そ の 他の 活 動 の 中 で 形 成 さ れ る よ う に な っ た 。
 2005 年 12 月 に 筆 者 は 初めて 中 国 朝 鮮 族 発 展 フ ォ ー ラ ム ( 北 京 、 後 ほ ど は社 団 法 人 ・ 中 国 朝 鮮 民 族 史 学 会 ・ 黄 有 福 会 長 ) に 招 待 さ れ 基 調 講 演 す る こ とになり、 中 国 内 の 朝 鮮 族 知 性 人 た ち と 交 流 す る 機 会 を 得 た 。 そ の 後 、 延 辺 のイ ン タ ー ネ ッ ト・メ デ ィ ア の ソ グ ロ( 조 글 로 )、黒 龍 江 新 聞 、延 辺テレビ局 などでも 日 本 で の 朝 鮮 族 活 動 に つ い て 多 様 な 形 で 取 り 上 げ た 。

 2006 年 秋 か ら 筆 者 は 北 陸 大 学 に 就 職 す る こ と に な り 、物 理 的 な 距 離 に よ り朝 鮮 族 活 動 へ の 参 加 は 多 少 影 響 を 受 け た が 、そ れ で も 2009 年 12 月 と 2011 年12 月に第 3 回 、第 4 回 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム を 東 京 と 京 都 で 大 規 模 で 開 催 す る ことができ た 。 社 団 法 人 ・ 中 国 朝 鮮 民 族 史 学 会 、 韓 国 在 外 韓 人 学 会 、 韓 国 東 北亜 共 同 体 研 究 会 な ど 団 体 と 共 催 す る こ と に な り 、 中 国 や 韓 国 か ら 大 勢 の 朝 鮮族研究者 と 韓 国 人 の 朝鮮族 研究者 が 来 日 し た 。 韓 国 朝 鮮 族 留 学 生 ネ ッ ト ワ ーク 、 そ の 他 前 述 の 諸 団 体 が 後 援 団 体 と し て 参 加 し た 。学 者 ネ ッ ト ワ ー ク 構 築 と と も に 、 企 業 家 ・ 経 済 人 の ネ ッ ト ワ ー ク 構 築 も 不可 欠 と の 認 識 の も と で あ り 、2006 年 か ら は 、ア ジ ア 経 済 文 化 研 究 所 の 劉 京 宰
所 長 と 協 力 し 、 朝 鮮 族 企 業 家 組 織 の 設 立 の た め の 準 備 会 合 を 数回行い、 9 月に は 、在 外 韓 人 貿 易 協 会・世 界 OKTA の 支部会として 、「 OKTA 千葉支会 」を朝 鮮 族 企 業 家 主 体 の 組織を として 立 ち 上 げ た 。 設 立 当 初 は 企 業 家 の 数 が ま だ少 な く 軟 弱 な 組 織 で あ っ た が 、 企 業 家 た ち と 研究者 ・ 学 者 た ち の 共 同 努 力 によ り 、現 在 で は 立 派 な 企 業 家 団 体 と し て 成 長 し 、世 界 OKTA 組 織 の 一 員 と して 世 界 で 活 躍 す る こ と に な っ た 。
 次 に は 、故 郷 延 辺 と の 交 流 が 課 題 と し て 浮 か び 上 が っ た 。2006 年 7 月 、延吉 市 共 産 党 書 記 な ど が 来日し 、 あ る 朝 鮮 族 企 業 家 を 通 じ て 私 の と こ ろ に 来 訪した。 目 的 は 延 吉 市 政 府 が 主 催 す る 「 図 們 江 開 発 国 際 投 資 博 覧 会 」 開 催 に 向け て 、日 本 の 企 業 家 た ち に 説 明 会( セ ミ ナ ー )を 開 催 し た い と の こ と だった 。筆者は 勤 め 先 の 恵 比 寿 ガ ー デ ン プ レ イ ス タ ワ ー の 会 議 室 を 借 り て 、 自 分 の 人脈を利用し 日 本 の 企 業 関 係 者 20 名 く ら い 招 集 し 説 明 会 を 円 満 に 開 催 す る ことに協力した 。
こ の 説 明 会 を き っ か け に 、 故 郷 延 辺 の 発 展 に 協 力 す る 必 要 性 を 感 じ 、 9 月に は 朝 鮮 族 企 業 家 達 な ど に 呼 び か け て 、 十 数 名 の 故 郷 訪 問 団 ( 日 本 か ら は 初め て の 訪 問 団 ) を 組 織 し 、 筆 者 が 団 長 と な り 、 延 吉 を 訪 問 し 、 投 資 博 覧 会 に参 加 し た 。古 里 と し て は 初 め て の 日 本 か ら の 故 郷 訪 問 団 が 訪 れ る こ と に な り 、延吉市 政 府 と の 交 流 関係を結んだ 。 地 元 の 企 業 家 団 体 と の 交 流 会 も 行 い 、 国境を越えた 朝 鮮 族 企 業 家 ネ ッ ト ワ ー ク 作 り が ス タ ー ト し た 。 そ れ 以 降 も 毎 年代 表 団 を 組 織 し 、 こ の 投 資 博 覧 会 に 参 加 し 交 流 を 行 っ た 。 筆 者 は 延 吉 市 政 府か ら 、「 海 外 弘 報 大 使・経 済 特 使 」と し て 任 命 された 。ま た 2012 年 9 月 3 日 、延 辺 朝 鮮 族 自 治 州 設 立 60 年 大 型 祝 賀 イ ベ ン ト に も 代 表 団 と し て 参 加 できた 。故 郷 の 振 興 に も 微 弱 な が ら も 貢 献 できた こ と を 誇 り に 思 う 。
 紙幅の関係で 、 こ こ ま で 筆 者 の 朝 鮮 族 諸 活 動 について ま と め た 。 これらの活 動 お よ び 成 果 は 一 人 で で き る こ と で は な く 、 大 勢 の 情 熱 的 な 朝鮮族 有 志 たち 、 そ し て 朝 鮮 族 研 究 す る 専門家 た ち の 多 大 な ご 指 導 と ご 協 力 に よ る も の であ る こ と は 言 う ま で も な い 。 筆 者 は 朝 鮮 族 研 究 が 専 門 で は な い が 、 朝 鮮 族 の一員として 自 分 の 民 族 や 故 郷 を 愛 す る 心 をもって 、 様 々 な 活 動 を し な が ら 自
分 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ に も 目 覚 め 、 国 境 や 民 族 を 超 え た 「 ア ジ ア 人 」 と し て東北アジア 地 域 を 舞 台 に 研 究 交 流 活 動 を 現在も 続 け て い る。