トランプ大統領は電撃的に相互関税を発表した。唐突、予測不能と酷評されるが、ディール重視の独自の戦略があった。中国、ロシア+との軍事、経済の二正面衝突を避けたのである。
ウクライナ戦争をウクライナへの強引なNATO拡大策が引き起こした「バイデンの代理戦争」と切り捨て、就任早々にプーチン大統領との電話対話を通して米露主導の和平協議→平和協定締結で基本合意した。そうして核超大国・ロシアとの軍事衝突の危険を除去し、「MAGA(米国を再び偉大に)」と経済再建に傾注するということである。
新正面作戦のキーワードは、同盟よりも貿易赤字解消である。最大の軍事的リスクを解消したことで、G7をはじめとする同盟国に気兼ねすることなく貿易赤字額に比例した高い相互関税を課せることが出来るートランプはそう判断したようだ。
バイデン前大統領がイデオロギー重視の“バイデン構文”に基づく「価値観外交」で同盟国や同志国と重層的に巡らせた安全保障上の取り決めや配慮が不必要となり、米国に不利益をもたらす非関税障壁の類と切り捨てたのである。
トランプなりの経済合理性を狙った相互関税であったが、「世界一の安全資産」と言われるドル建て米国債の信認度を自ら傷付けた事もまた否定できない。ドル高を貿易赤字の要因と曲解し、是正しようとしたのである。
しかし、舌の根も乾かないうちに「90日間停止」と朝令暮改した。ニューヨーク市場が株、債券、ドルのトリプル安で揺さぶられたことが直接の要因だが、中国が米国の経済覇権主義と反発して報復関税で対抗し、米中貿易・関税戦争に火が点いたことが、トランプを立ち往生させたのである。
予測不能とG7首脳たちさえ匙を投げるその衝動的行動の動機は、同業の不動産業者出身であるグラス新駐日大使が着任記者会見(4月18日)で「米国は巨額の債務を抱え、いまや40兆(5680兆円)ドルに迫っている」と端的に示唆している。
実質GDP(購買力平価換算)で中国が米国を追い抜いたことはまともなエコノミストなら誰しも認める事実であるが、その差がさらに開き、米国の最後の砦である名目GDPでも中国が世界一の座を占めるXデーが確実に近付いている。トランプがゼレンスキー政権に膨大な軍事・経済支援を与えてきたバイデン前大統領を「米国史上最悪の大統領」と非難してやまない最大の根拠と言えよう。
赤字国債の無制限発行を求める放縦な新経済理論(MMT)派が聞けば真っ青になりそうな言葉であるが、一蓮托生の財政破綻だけは回避したいのがトランプの本音に近い。
それには異論、反論、暴論があろうが、IMFが「世界経済見通し」(4月22日発表)で示した次の数字がトランプ発の相互関税→貿易戦争の現住所と方向性を如実に示している。昨年の実質経済成長率と今年の見通しであるが、中国4・8%→4・0%、ロシア3・6%→1・5%、米国2・8%→1・8%、日本0・3%→0・6%。世界の今年の実質成長率は前年の3・8%から2・8%に低下し、対露経済制裁ブーメランに直撃され、超インフレと社会不安で政変ドミノに見舞われた欧州は案の定、英1・1%、ドイツ0・0%、フランス0・6%、EU0・8%と悲惨極まる。
救いは、トランプ2.0が軍事的対立ではなく、あくまでも経済の領域にとどめようとしていることである。トランプ大統領は「習近平主席とは仲が良い」と述べ、相互関税半減案を示して今後のディールに期待している。
共通の敵とみなしていたバイデン排除でトランプ、プーチン、習近平のG3₊相互にある種の連帯意識が生じ、対話のチャンネルが復活している。今後の焦点は、どちらがどれほど譲歩するかに移っているのである。
G3₊のパワーゲームを『ウクライナ戦争と日本有事 “ビッグ3”のパワーゲームの中で』(2023年9月刊)でいち早く予測したのは私だが、バイデン失脚で新G3₊のパワーゲームは佳境に入っている。
その構図は基本的に変わらないが、軍事的な対立に戻ることはないだろう。外交は内政の延長、敵の敵は味方と内外要因が一段と複雑に絡んだパワーゲームが繰り広げられているが、貧富の格差解消を競う平和的な体制競争へと向かうなら、全人類にとってはむしろ福音となろう。
いまだに米国を世界最強の同盟国と信じる“バイデン構文”の呪縛から抜けきれない石破首相にはトランプ相互関税は青天霹靂の事態だが、人間万事塞翁が馬、という教訓的な故事成語がある。
当人の口癖である「日本の自主性」を発揮できるか、いよいよ具体的に問われる。美根慶樹・元日朝国交正常化交渉日本代表、和田春樹・東大名誉教授ら諸賢との過日のINAFシンポでも強調したことであるが、トランプ大統領が金正恩総書記との第四次首脳会談をにおわせる中、日朝連絡事務所設置と「無条件の日朝交渉」の公約を実行に移せるか、待ったなしとなってきた。 朝鮮はロシアに弾薬・ミサイル・自走砲などを有償提供したウクライナ特需で200億ドル(韓国シンクタンク分析)を得たが、大量派兵も加わってさらに膨れ上がっている。経済は上昇中であり、外交も多角化して日本の比重は落ちているが、隣国としての地政学的重要性は変わらない。