所長の挨拶

関係者各位

いつも皆様に大変お世話になっている、自称「東北アジア人」です。

今まで私が関わってきた研究の先輩や仲間たちは、日本および東北アジア諸国を問わず、私を「東北アジア人」として認めて下さいます。本当に有り難く思っておりまです。

「東北アジア人」というのは、ただ単に私がこの地球に生まれ、この東北アジア地域に住んでいるからというわけではありません。私の祖先は朝鮮半島から中国満州への移住者でした。中国に生まれましたが、朝鮮半島にルーツを持ち、祖先の文化や言語を継承しました。北京の大学と大学院で学び、卒業後は北京で大学教員となりました。10年間の北京生活を通じて中国文化に深く染まりました。さらには1991年に来日し、留学生として再スタートし、東北アジア地域協力をライフワークの研究テーマに定め、研究者としてこの地域を檜舞台に活動してきました。その過程のなかで、「東北アジア人」という意識も芽生えたのです。

私はかつて共産党大学院で共産党研究のためにロシア語を独学し、日本に来てからは英語とモンゴル語も独学し、日中韓3か国語を自由に使いこなし、さらにその他の東北アジア言語も利用できるマルティリンガルという貴重な武器を手にしました。私にとっては、もはや**国人とか**民族とかという意識を超えて、一人の人間として、「東北アジア人」として、そしてグローバルな「地球市民」としての感覚が芽生え、それを人生のモットーと考えるようになりました。

来日してちょうど30年になりますが、この間、東北アジア研究者や活動家たちを含め、多くの先生や先輩たちにお世話になり、日本を含む東北アジア諸国にも幅広いネットワークも形成できました。その過程で私の人生観や世界観、そしてアイデンティティも変わり、一人前の研究者として活動の舞台が広がったことは言うまでもありません。過去を振り返ると感無量で、感謝しかありません。

東北アジアでの私の役割は、研究もさることながら、多言語・多文化の優位性を活かし国家や民族を超えて「ブリッジ」や「接着剤」として生きることではないかと思います。実際、東北アジアの人と人をつなぐ接着剤としての役割を果たしてきたと自負しております。東北アジア地域研究では、過去数十年で多大な蓄積が達成され、優秀な研究者も大勢排出するようになりました。

しかし、近年、東北アジア地域情勢も世界情勢も激しく変動しつつあり、明日を予測することすら難しい流動的な時代に突入しました。私の来日以降の世界はポスト冷戦時代、グローバル化時代、民主化の時代を迎え、それが世界の潮流になったかに見えました。しかし、今世紀に入って、グローバル化は大きな試練に直面し、反グローバリズムまたはナショナリズムが高揚し、民主化は後退局面に差し掛かり、世界は一層複雑になった感があります。「東北アジア人」(または国際人)が本当に必要なのか、と思われるほど時代が変わりました。

ところがそのような時代であるからこそ、逆に「ブリッジ」としての「東北アジア人」の役割が求められるのではないかとの思いが強まりました。こうして、新しい活動舞台を構築する構想をここ10年近く温めてきました。要約すれば、次のような情勢変化に対する認識があります。

一つは、東北アジアに関わる研究者や活動家たちは戦前・戦中・戦後に苦労を経験した先輩たちが多く、したがって日本の戦争や植民地支配に対する責任感が強い、そして使命感が強い世代でした。私が日本で偶然付き合ってきた諸先輩・諸先生たちはほとんどが親のような世代の方々でした。もちろん、私はそうした人々に育てられました。しかし、歳月の流れとともに人間は老化しますし、いつまでも第1線で活動できるわけではありません。残念ながら日本では、この分野の研究者や活動家の後継者、つまり若手が少ないのが現状であり、若手や中堅研究者を発掘し育てることが喫緊の課題となっていると思われます。東北アジア地域はまだまだ不安定な構造の中にあり、やらなければならない課題は山積しております。

二つ目は、時代が変わり国際情勢も変わっております。パラダイム転換が起こっているのかもしれません。ポスト冷戦時代にはパラダイム転換が起きている、と私は常々学生に教えてきましたが、最近になってそのパラダイムがまた転換しているようにさえ思われます。新しい時代や情勢に相応しい研究や活動が求められています。

三つ目は、大都会一極集中時代から地域主体時代になりつつあります。それを後押しているのはICTの普及によるオンラインとデジタル社会の到来です。新型コロナ禍は、教育現場はもちろん研究会や国際会議などをオンライン時代に突入させました。地方にいながらも国内外のネットワークを通じて、オンラインで研究や活動できるようになりました。金沢を拠点に東北アジアという舞台を視野に活動することができます。

私自身、還暦を迎えましたが幸い体力にも気力にも恵まれ、これを機に今までお世話になった先生方や先輩たちの志を引き継ぎ、今まで日本で培った研究者としての力と研究や活動の輪をもって、「承先啓後」のための新しい研究組織を設立することを決意しました。国境を越えた人々の相互理解と相互協力のために貢献できるものと信じています。

関係者の諸先生や先輩、そして同輩や後輩の皆様には是非ともご賛同いただきたく、またご指導とご協力を仰ぐ次第です。

本趣旨書と共に、法人の定款および組織構成案を添付しますので、ご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願い致します。      

 李 鋼哲

2020年10月01日