平川 均理事長論文:「グローバル・サウスと求められる新たな世界認識」『世界経済評論IMPACT』より転載

グローバル・サウスと求められる新たな世界認識

平川 均

(名古屋大学 名誉教授・国士舘大学 客員教授)

2024.12.16

 私たちの世界認識には偏りがないだろうか。確かに今世紀,とりわけ2010年代以降,既存の世界秩序と規範が破壊される出来事が次々と起っている。2017年に誕生したトランプ米政権はWTOルールを無視して一方的に関税を引上げ,中国とは米中貿易戦争を始めたが,彼が再び政権の座に就く。彼は就任を前の2024年11月,政権発足と同時に中国からの輸入に10%,メキシコ,カナダ製品には25%の追加関税を課すことを公表した。対中制裁は言うまでもなく,自らが2018年に結んだ米国,メキシコ,カナダ間の貿易協定,USMCAの存在も全く意に介さない。2022年2月に始まったウクライナ戦争は,ロシアのプーチン大統領による核の脅しを伴う国際法を無視した軍事侵攻である。翌年10月に始まるイスラエル・ハマス戦争は,米国の支援を受けるイスラエル軍のガザ地区のパレスチナ人へのジェノサイドへと進んだが,今ではイスラエルのヨルダン,シリアへの軍事的展開の拡大をもたらしている。積極的か否かは別として,イスラエルの軍事侵攻を支えているのが米国である。同じ23年3月,国際刑事裁判所(ICC)が戦争犯罪の疑いでプーチン大統領に逮捕状を出したが,24年11月にICCがネタニヤフ首相への逮捕状を出すと米国は強く非難し,米国による同裁判所の制裁がほぼ確実である。フィリピンが中国との仲裁を求めてオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所に申請した南シナ海の領有権問題は,2016年7月,中国の主張に根拠がないとの判断が示されながら,その裁定は無視され,中国による同地域の自国領土化と軍事基地化が進んでいる。

 以上のような出来事は20世紀に生れた国際的規範と制度を破る行為であり,多くの論者が指摘するように,世界が多極化に向って再編過程にあることを示すものだろう。こうした状況にあって発展途上国も,国際社会で発言力を増すようになった。彼らの行動は理念より実利を求める動きだと解釈されることが多いが,そこで思考停止してよいのだろうか。

グローバル・サウスとその世界認識

 2023年2月,ロシアのウクライナ侵攻を審議した国連総会の緊急特別会合は,ロシアへの非難決議を採択した。ロシア他7カ国が反対,中国,インドを含む32カ国が棄権したが,141カ国の圧倒的多数が賛成票を投じた。ネタニヤフへの逮捕状を出したICCを激しく非難する米国に対しては,多くの発展途上国が「二重基準」だとみている。24年11月には地球温暖化を話し合う国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)がアゼルバイジャンのバクーで開催されたが,開催国のアリエフ大統領は「石油とガスは神の贈り物であり,それらを持つ国を非難すべきでない」,欧米先進国やメディアは偽善,二重基準だ,と先進国やメディアを非難した。同大統領のその非難は,アゼルバイジャンが石油ガスの産出国であることに求められている。だが,彼が持つ欧米先進国やメディアへの強い不信感を見誤ってはならない。

 韓国の元産業資源長官の金泳鎬・慶北大学名誉教授は2024年10月に金沢で開かれた北東亜未来構想研究所の国際フィーラムで講演し,2001年の南アフリカで行われた国連「レイシズム,人種差別,ゼノフォービア,不寛容に反対する国際会議」が発した「ダーバン宣言と行動計画」(Durban Declaration and Programme of Action: DDPA)に触れて,先進国の帝国主義と植民地化の歴史的責任が地球温暖化問題と同様に,現在もアフリカ諸国の人々によって告発されている事実を指摘している(注1)。ちなみに,2024年度のノーベル経済学賞受賞者のD. アセモグルとJ. A. ロビンソンは,ルイスの二重経済論として知られる低開発の構造がヨーロッパの植民地主義によって作られた収奪の構造であり,その政治的経済的構造が今日にまで続いていることを叙述している(注2)。

 国連では2009年にジェノバで国連ダーバン・レビュー会議が,2021年にはDDPAから20年の反レイシズム会議や催しが開かれた。23年のEU・CELAC(ラテンアメリカ・カリブ共同体)サミットでは,EUとアフリカ・カリブ・太平洋諸国機構(Organisation of African, Caribbean and Pacific States)との間で気候変動と環境悪化の悪影響を縮小するための協力が確認され,同時にDDPAが明記された。またCELACはカリブ共同体(CARICOM)の10項目の「賠償正義」(Reparatory Justice)を特記した(Declaration of the EU-CELAC Summit 2023)。

 リオデジャネイロ地球サミットから10年の2002年9月に南アフリカで開かれた持続的開発世界会議はヨハネスブルク宣言を採択したが,同サミットに先立つ同年6月の地球環境予備会議で世界の市民団体が「バリ気候正義27原則」(Bali Principle of Climate Justice)を策定している。同原則はサミットで発表された。「気候正義」の表記を伴うこの原則には,「南」のエリートを含み「北」(the North)の人々の間に非持続的な消費がある一方,「北」のうちの「南」(the “South” within the North)を含んで「南」の圧倒的な人々が健康そして自然環境で深刻な被害にある事実を指摘し,「北」の国々の賠償義務を認めている。

 COP29でのアリエフ・アゼルバイジャン大統領による先進国非難は既述の通りだが,同会議の主な交渉事項のひとつは先進国の拠出する「気候資金」の規模であった。交渉は「南」側の要求には程遠いものではあったが,現在の年1000億ドルの気候資金を2035年までに少なくとも年3000億ドルに増額することで最終合意した。2年前のCOP27では温暖化対策のための「損失と損害」基金の設置が合意されているが,「南」の人々のレンズを通せば,それらは正義の要求である。「北」のもたらした地球温暖化の被害,損害には「北」の賠償責任が生ずる,先進国にはその義務があるとの認識である。

グローバル・サウスとBRICSの浮上

 市場経済と帝国主義は歴史的に奴隷制,奴隷貿易,植民地をもたらし,また人種差別を続けてきた。グローバル・サウスはそれらの差別,被害の国際関係を認識として含んだ呼称というべきだろう。グローバル・サウスは現在,G77,第三世界や発展途上国とほぼ同じ意味で使われるが,今世紀に入って急速に使用頻度を増している(注3)。日本では,2023年6月のG7広島サミットで岸田首相(当時)がこの呼称を共同声明に盛り込もうとした経緯がある。その呼称は声明に入れられなかったが(注4),日本ではかなり一般的表記法と言っていい。経済産業省が2024年6月に公募したASEAN諸国と日本との経済連携の事業名は,「グローバルサウス未来志向型共創等事業」である。

 グローバル・サウスの呼称はインドのモディ首相が積極的に使う。彼は,2023年1月にオンラインサミット「グローバル・サウスの声」を主催し,125カ国が参加した。同年9月のG20サミットで議長国としてインドは「グローバル・サウスの声」を届け,アフリカ連合をG20の正式メンバーに加えることに成功した。彼は第2回「グローバル・サウスの声」サミットを同年11月に100カ国を超える国を集めて開催し,翌月開催のCOP28に臨んだ。2024年8月には第3回「グローバル・サウスの声」サミットを開催し,中国とパキスタンは招待されなかったが123カ国が参加し,気候変動,債務返済,ニューテクノロジーなどのテーマが討議された(注5)。モディ首相がグローバル・サウスの代表を自認するのは,同国がBRICsの1国としてその将来性に自信を深めているからである。

 BRICSの呼称は,ゴールドマン・サックスのジム・オニールが2001年に発表した投資家向けの論文に始まる(注6)。彼はその論文で将来的に現在の先進国の多くを追い越すまでに成長する国としてブラジル,ロシア,インド,中国の4カ国を選び,その頭文字から造語のBRICsを作った(注7)。だが,こうして生まれた投資家向けの造語は,彼とゴールドマン・サックスの意図を超え,4カ国にグループ化の思考枠組みを与えたのである。

 上記BRICsの初会合は,2006年のニューヨークでの国連総会の折にロシア,ブラジル,中国の外務大臣とインドの国防大臣が集まることで実現した(注8)。2008年にはBRICの外交政策機関のトップによる正式会合がロシアのエカテリンブルグで開かれ,その翌年,同地で第1回BRICsサミットが開催された。2011年のサミットからは南アフリカが正式メンバーに加わり,名称もBRICSとなる。2014年には中国主導の新開発銀行,通称BRICS銀行が設立される(https://brics-russia2024.ru/en/)。BRICSポータルは,2023年時点で約40カ国がBRICSへの参加に関心を示し,22カ国がメンバーになる意向を公式に表明していると伝える。同年の南アフリカでの第15回サミットではヨハネスブルク宣言が採択されたが,BRICS間での自国通貨による取引などが重要な議題であった。またサウジアラビア,イランなど6カ国の参加が決まった。2024年の第16回サミットはロシアで開催され,エジプト,イラン,エチオピア,UAEの4カ国が正式に加盟し(注9),合計36カ国の国際会議となった。BRICSとグローバル・サウスとの連携も強調され,メンバー拡大に向けて準加盟国制度としてパートナー制度も設けられた(https://infobrics.org/)。ロシアは,ウクライナ軍事侵攻の故に西側先進国から経済制裁を科されており,ドルに代わる決済手段の協力が話し合われた(https://brics-russia2024.ru/en/news/)。ロシアによるBRICSサミットの開催は,同国に対する西側の制裁の空洞化を見せつけるものであった。ちなみに,トランプ次期米大統領は,BRICSのドル離れの動きには100%の関税を課すとBRICSを牽制している(日経,毎日他 2024.12.1)。

 BRICS拡大については,中国とロシアが積極派で,インドとブラジルは慎重派と伝えられている。実際,加盟を目指す国の間でもその思惑は同じではない(https://infobrics.org/)。BRICSがもつ西側先進国への対抗意識は,グローバル・サウスとは違う。しかし,その拡大が米国と西側先進国との対抗関係を強めるどうかは不確かである。例えば,インドはBRICSのオリジナルメンバーであるが,アメリカ主導のQuadのメンバーでもある。BRICS加盟を狙うトルコはNATOのメンバーであるし,インドネシアも米国対中国,米・西側対中・ロシアの一方に与していない。OECDへの加盟やG20を重視する。そうした国々は,両陣営とのバランス指向と実利の追求を目指している。こうした事実はとりわけグローバル・サウスに関しては無原則で,空疎な集まりとみなされることにもなる(注10)。だが,それを表面的に解釈するだけでは皮相に過ぎる。

グローバル・サウスと国際社会の未来

 現在は新冷戦と呼ばれる。この数年の一連の出来事は,米国他先進国とロシア,中国ほかの2つの陣営に分かれつつある。そうした中でバランスを求めるグローバル・サウスを2つの陣営は共に無視できない。グローバル・サウスの少なくない国々は,かつてのように従属を強いられ続けることに甘んじていない。また彼らは,直近ではトランプ政権や西側先進国が新型コロナ禍で自国優先のワクチン供給政策を採った事実を忘れてはいないし,人権侵害,搾取,差別などの歴史的経験も忘れていない。2つの陣営から実利をもたらすことで,彼らはより有利な立場に立って理念を追求していると言えるだろう。気候正義,賠償正義にみられる基本的認識を対立する2陣営は悟る必要がある。

 プーチンのロシアとトランプの米国はこの点で理念を忘れた国と言えるだろう。中国は有利な立ち位置にいるが,米国と覇権を争う立場とグローバル・サウスの立場で2面性がある。世界の圧倒的多数の国や人々の側に立ち,大国としての責任を果たすことが求められている。その他のBRICS諸国,さらもBRICSへの参加を求めるグローバル・サウス内の強国,例えば,インドネシアなどの国々は,アフリカやカリブ海の国々と立場を共有できるだろう。さらにはヨーロッパの国々,日本などもミドル・パワーとしてグローバル・サウスの圧倒的多数の人々に寄り添える立ち位置にいる。気候正義,賠償正義の理念に沿うことで信頼関係を構築することが求められている。平和的国際秩序の再構築ではグローバル・サウスの声を聞くことが重要だろう。二つの陣営に分かれつつある中で,グローバル・サウスは将来の国際秩序の在り方で大きな役割を果たす可能性がある。

[注]
  • (1)金泳鎬(2024.11.16)「東北アジアのサンフランシスコ体制を越えて—市民版「ダーバン体制(Durban System)」を目指して—」第2回北東アジア未来国際フォーラム,金沢。
  • (2)D. Acemoglu & J.A. Robinson (2012) Why Nations fail, Profile Books, 2012(訳『国家は何故衰退するのか』早川書房,2016年).
  • (3)Heine, J.((2023)The Global South is on the rise – but what exactly is Global South? The Conversation, July 3. Patrick, S., A. Huggins (2023) The Term “Global South” is surging. It should be retired, Commentary, Carnegie Endowment for International Peace (CEIP), August 15.
  • (4)平川均(2024.6.3)「『グローバル・サウス』の背景に何があるか」世界経済評論IMPACT,No. 3442.
  • (5)PTI(2024)123 countries joined Voice of Global South summit; China, Pakistan not invited, The Indian Express, August 17.
  • (6)O’Neill, J.(2001)Building better global economic GHRICs, Goldman Sachs Global Economics Paper, No.66, November 30.
  • (7)BRICSファンドは2010年のピークから資産の88%を失い,2015年に閉鎖されている(https://www.investopedia.com/terms/b/brics.asp)。なお,オニールはBRICsに続く国として11カ国を選んでNext 11と呼んでいるが,執筆者は成長する新興発展途上経済を人口規模と市場の構造的な重要性に注目して潜在的大市場経済(PoBMEs)と呼んでいる(H. Hirakawa &T.T. Aung, Globalization and the Emerging Economies: East Asia’s Structural Shift from the NIEs to Potentially Bigger Market Economies (PoBMEs), Evolutionary and Institutional Economics Review, Vol.8, No.1. 2011. 平川・石川他編『新・アジア経済論』文眞堂,2016年)。
  • (8)初会合の参加者の肩書は,ロシアの第16回BRICSサミット2024の公式サイトによる。ただし中国での第14回BRICSサミットの公式サイトの説明は,BRIC4カ国の外務大臣(foreign ministers)が集まったとしている(http://brics2022.mfa.gov.cn/eng/gyjzgj/jzgjjj/)。
  • (9)石川幸一(2024)「BRICS首脳会議とASEAN」世界経済評論IMPACT, No. 3602,10月28日。
  • (10)Nye Jr, J.S. (2024) What is the Global South?Project Syndicate, November 1. Patrick, S., A. Huggins (2023) ibid.

http://www.world-economic-review.jp/impact/article3663.html